







本丸内の建物は組み上がったのだが、本丸より少し
はみ出している建物を作るために再度、土台を
拡張することにした。
こんなお城が欲しかった。日本全国約5000城の製作が可能です。








本丸内の建物は組み上がったのだが、本丸より少し
はみ出している建物を作るために再度、土台を
拡張することにした。










飛騨高山城の本丸内の建物を追加してます。
松本城・彦根城のパーツを使い少しできていた
のですが、さて残りの建物を何んのパーツで
作ればよいかの試行錯誤を行ってました。
大阪城DXの三重櫓や幻の小天守の組み立てて
いた部品をそのまま転用し、サイズを合わせて
必要なパーツだけで追加していった。
さらにフジミの1/800大阪城の金蔵の部品、
和歌山城の多聞櫓(塀)などのパーツも使った。







本丸内の建物はかなり多いので配置の問題とどのパーツを
どこに使うかをイメージしながら並べて見て様子をみた。
どうしても継ぎ接ぎで作っているのでつなぎ目がなかなか
上手く綺麗にできない。 またパーツの数も揃う訳ではない
ので無理につないでしまうことも多い。
まるで本丸御殿のような建物の多い、高山城では屋根の
部品が足りなくなってしまっている。








天守の改造がだいたい終ったので本丸内の他の建物の
配置を考える為に、使う予定の部品から屋根に使えそうな
パーツを選び、イメージする為に並べてみました。
和歌山城の土台をベースにしているのですが、和歌山城の
本丸の部分は少し丸みがあり、屋根のパーツを並べて見ると
どうしても4~5cmぐらい土台が足りないのが判った。
そこで江戸城の土台の余っているパーツを利用して土台の
拡張をすることにしました。土台拡張後に屋根のパーツを
もう一度並べてみたら、なんとか納まりそうな状態となった。


「キリンさん」のような首長の天守になってしまっていたので
二層目を少しカットして高さを調整した画像です。
上:首長の感じのする修正前の天守
下:修正後の天守
やはり感じが随分と違う。接着する前にやっておけば良かったと
反省しました。
一応、天守部分の改造はだいたい終了しました。






天守の二層目が少し高かったかな?とも思いながら、
まあ雰囲気は良かったのでそのまま組み上げて、
最後に三層目を組み上げた。
出来上がりは天守閣が「キリンさん」のような首長に
なってしまいバランスがおかしい。 やはり迷った時には
確実に直してから進んだほうが良いと反省した。
結局、この後に二層目の下見板の部分を再び分解して
高さを調整して三層目を再び、組み直した。











なんとかペースとなる一層目の屋根を継ぎ接ぎながら完成させて、
二層目の千鳥破風の部分の改造となる。この千鳥破風は奥行きが
ある為に、別の千鳥破風を作り二枚重ねをすることで奥行きを
出すことにした。結果として大きめな千鳥破風2個作るのに4個の
部品を用意してカッターで切り、ヤスリで削りながら大きさを合わせて
いくこととなった。
奥行きのある千鳥破風が出来上がったので、二層目の下見板を作成した。
二層目の下身板は千鳥破風の大きさの関係から少し大きく(高く)なりすぎた
感はあったものの・・・まあまあの出来だったので、そのまま取り付けを
行った。
ただこの判断はやはり不味かった。









この飛騨高山城は実戦的と言うよりも御殿風に嗜好を
凝らして築城されているようで、非常に屋根の形が
複雑になっている。安土城を模した感じがあるようで、
作っていて面白い城である。
余っているパーツの改造のために、松本城、小田原城、
大阪城、彦根城、松山城、和歌山城、江戸城などからの
パーツで部分部分を継ぎ足して作ることになった。
また片面が黒塗りの下見板張りなのに片側が白塗りの
漆喰だったり、段差を演出する屋根の屁尾が付いたり、
意外と大きな千鳥破風と小さな千鳥破風があったり、
屋根をバラバラにしてから全て接着剤にて張り合わせる
ような作業が続いている。部品で使った千鳥破風も全て
別々の城からのパーツの為に、千鳥破風の大きさが違う
ので大きさを揃えながらの組み立てとなった。









切断した和歌山城の土台にバテ盛りを行い、飛騨高山城の土台に
変更しました。石垣部分は電動ルーターで削り、パテ盛りした
部分はカッターの刃の裏で線を引き石垣のようにしました。
ベースの下地色を塗りました。








お城の改造を続けていると余るパーツが出てくる。
和歌山城の土台と松山城の土台が余っていた。
何かに使えないものかと昨日、ネットサーフィンを
しながら眺めていると・・・「これは使える」と
思った城と遭遇した。
●高山城(たかやまじょう)は岐阜県高山市にある戦国時代から徳川時代前期の城である。
■構造
標高686.6メートルの城山(臥牛山、巴山ともいう)に築城された平山城で、曲輪、堀、石垣、土塁などの遺構が残る。望楼型2重3階の非実戦的な天守を持つ御殿風の古い城郭形式は、織田信長が築城した安土城の影響を受けたものと見られている。
■室町時代、文安年間
飛騨守護・京極家の被官、多賀出雲守徳言が天神山城(多賀山城)を築城。
永世年間
高山外記が山頂部に天神山城を築城。付近を高山と呼ぶようになったというが異説もある。
■戦国時代
三木自綱が高山へ進出、飛騨を平定、松倉城を築城した。富山の佐々成政と同盟し、豊臣秀吉に対抗したことから、1585年(天正13年)豊臣秀吉の命を受けた越前大野城主金森長近が三木氏を攻め、飛騨を制圧し、飛騨3万3千石の領主となる。当初、長近は鍋山城を居城としたが、1588年(天正16年)長近は天神山城跡を利用して高山城を築城。1600年(慶長5年)までに本丸・二の丸を完成させ、その3年後までには三の丸が整備された。築城と同時に城下町の整備も進められ、高台に家臣屋敷を建設し、下段の三町を町人の町とし、そして京都に倣って東山に寺院を集めた。
■1692年(元禄5年)
金森氏の出羽国上ノ山への国替えにより、高山城は金沢前田家が預った。
■1695年(元禄8年)
天領となったため、幕命により高山城は前田家により破却される。
現在は、岐阜県高山市空町城山公園。城跡は県指定史跡。 高山市天性寺町62 法華寺本堂(県重文)は高山城の一郭を移築したものといわれている。
上記フリー百科事典より転記
この高山城の画像が和歌山城の土台を少し改造しただけで作れそうだったので
高山城を作ることにした。和歌山城の裏手が似ているので写真に合わせて裏手の
石垣の部分を切り落とし、さらに和歌山城の入口の門と階段部分を撤去した。
切り取った部分に発泡スチロールを取り付けて山城の頂上付近の部分を作成。