高知城の天守が余っていたので掛川城を作ることにしました。山内一豊が
高知に行く前に掛川に居たことから天守の形が同じとありました。
現在の復興天守の写真を見ると二層目に出窓?のような感じの唐破風の
部分があり、高知城の千鳥破風とは違うので和歌山城の天守の部品を
使い改造しました。
天守はすぐに組みあがったのですが、どの土台を使うか少し悩みました。
掛川城の縄張りの出てる本を探して今回は名古屋城の土台を使うことにしました。
掛川城の縄張り図の出ていた本は少し古い本なので復興された天守の写真はなく
天守台の写真のみが掲載されていました。