家臣屋敷が入りました。
カテゴリー: ★福井城、北の庄、一乗谷、敦賀城
若狭武田氏 後瀬山城 003
今日1日の製作過程。
後瀬山の土台製作、下塗り、自然風な色の下塗り、山麓に水田と畑を設置、掘の水の下処理、一部の植樹を行いました。
若狭武田氏の居城 後瀬山城 002
若狭武田の後瀬山城のイメージを420×420mmのスペースの中に嵌めてみました。山麓の館と詰め城の山頂はバランスを見ながら入れてます。正確な高等線を引けば多分、全然低く位置が違うと思うが、山麓の館を作る時点で詰め城の山に使えるスペースは幅420×奥行250mmしかない。高さはこれで約130mm 仮に建物から割出した計算で高さを割出したとして、その数値が200~250mmになったとしても、コレ以上高くすると単なる崖となり、または傾斜を取るにしても奥行のスペースは250mmしか無いので、出来ないとなる。高さが低いとか良く言われる事もあるのですが、バランスを崩してまで合わせる必要はないと思ってます。
若狭武田氏の居城 後瀬山城 001
若狭武田氏の居城
後瀬山城の製作の為のイメージ作り
余湖くんの縄張り図を参考にレイアウトを検討してます。
ジオラマを作るにあたり、制約があるのですが
特徴を捉えながらも限りあるスペース内に収める。
また市販のキットの部品を流用する為に建物の大きさは
先にある程度決まってしまう。 この制約の中で考えると
地形図をそのまま作れないということになる。
それはスペースの問題があり、山頂部だけとか、山麓
だけと言うのではつまらない。ここの城は山麓の館の
詰めの城だけに山麓の館は外せない、かと言って山頂の
郭はやはり作りたい・・・・それをどうディフォルメするか?
博物館に飾るもののように大きさや予算をふんだんに使える
訳でもない。博物館もふんだんには使ってはいないが
予算が全然違う。 写実的な模型ではなく、似顔絵とでも
言うか、その城の個性がはっきり出せて「こんな感じだ」と
イメージできるジオラマを作ってみる予定です。
福井城 001
福井城の天守閣を作ります。
とりあえず二つほど(笑)・・・
家康時代の江戸城の天守閣にも
似ています。
大谷吉継の城 敦賀城 復元城郭ジオラマ模型003
大谷行部吉継の居城・敦賀城が完成しました。
同時に2つ(笑)
同じに作っても同じに出来ないのがオリジナルなんです。
間違え探しではありませんが、結構違うものです。
大谷吉継の城 敦賀城 復元城郭ジオラマ模型002
敦賀城の土台が出来上がってきましたので
建物の取り付け開始です。
大谷吉継の城 敦賀城 復元城郭ジオラマ模型001
越前敦賀城は大谷吉継の城ですが、
関が原の合戦後の一国一城令により廃城となり、
その後奉行所を作る際に整地されて城跡が残って
いない城になってます。 城門がお寺に移築されている
ようですが、お城の縄張りや資料はかなり乏しいのか
なかなか画像が見つかりませんでした。
でも1日掛けてネットで見つけ出しました。
旧国鉄の敦賀駅舎に飾られていたと紹介のある
敦賀城の模型の画像を見つけ出して縄張りと
建物の配置がわかりましたので、作ることにしました。
北ノ庄城を作る 005完成
柴田勝家の北ノ庄城を作ってみました。
石垣のすぐ上の忍び返しのような屋根も作ってみました。
これは福井県福井市にある北ノ庄城跡にある復元想像図を
基に復元してみました。 城郭模型の楽しみは今は無い城を
このような形で再現できることです。
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北ノ庄城を作る 004 イメージ作り
本丸御殿と枡形の虎口を作るイメージで部品を置いてみました。