江戸城総構え(浅草寺付近と隅田川) と サクラ 

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

今回は浅草寺の画像がありませんが、浅草・駒形の隅田川のサクラです。

浅草寺は江戸城の出城的な役割と、隅田川自体は総構えの川となる。
浅草には浅草御門まであった。浅草吉原の吉原大門とは別です。

江戸城(皇居)総構え(上野寛永寺と不忍池付近) と サクラ (観光地) (神社仏閣)

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

上野の山には寛永寺があり、江戸城の出城的な意味がある。
江戸城を囲むように増上寺(芝)・寛永寺(上野)・浅草寺(浅草)などが
あり、軍事拠点にもなっていた。 さらに江戸城の鬼門・裏鬼門などの
風水による江戸の防御体制をとっていた。

上野寛永寺は京都比叡山延暦寺に位置づけをし、琵琶湖の位置づけとしての
不忍池がある。琵琶湖の竹島の代わりが不忍池の弁天島となる。
京都御所の鬼門を比叡山延暦寺によって封じ込めたのと同じに、江戸城では
上野寛永寺をその役目としていると言われる。

今はお花見の名所であるが・・・

江戸城(皇居)・西の丸下富士見櫓・坂下門・和田倉門・丸の内付近 と サクラ (観光地)

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

大手門(内堀)から城の外に出たのだが、実際にはこの場所はまだ城内で
三の丸の位置となる。さらにその先の和田倉門を出ても西の丸下曲輪で、
現在の東京駅の場所も八重洲河岸として堀の跡となる、日本橋・八丁堀・
京橋・銀座付近も堀があり、現在の首都高環状線も堀跡に出来ている。

外堀、さらに総構えとなると山手線一周ぐらいの広さが城内となる。

浅草・上野辺りから品川・高輪まで、更に新宿手前までが総構えの範囲となる。

千住・板橋・新宿・品川が江戸から外れた一番最初の宿場町となる。

江戸城(皇居)・二の丸と三の丸大手門付近と サクラ 

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

二の丸庭園から百人番所・大番所を抜けて大手門へと向かう。

大手門と平河門と北桔橋門から皇居(江戸城)東御苑の入場が
可能となっている。今回は北桔橋門から本丸・二の丸を経由して
大手門から出てくるコースをとった。

江戸城(皇居)内堀(半蔵御門付近) と サクラ (観光地)

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

四谷見附御門(外堀)から城内へと入り、番町を抜けて
一番町の英国大使館付近へと向かう。

半蔵門(内堀)から桜田御門へと通じる内堀の景色を見て、
今度は半蔵門から千鳥が淵方面へと内堀の脇を歩く。